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主日のみことばの説教と解説

みことばを生きる

復活節第五主日のミサの説教(朱範洙)
2020-05-08
以下に復活節第五主日のミサの説教を掲載します。神のみことばによってすべてのキリスト者がいのちを豊かに受けることができますように。
復活第五主日(5月10日)
―朱範洙
今私たちは、人と人が離され、切り離された状態になっています。いろんな活動や集いも消えています。わたしたちにとって大切なミサにもあずかれない時期が続いていますが、この経験を通して、逆にミサの大切さ、ご聖体の大切さをもう一度見つめ直すきっかけになったのではないかと思います。もちろんその中には、不安とか怒り、ストレスやイライラ、そして社会的弱者の問題なども入っているはずです。でも、そのことで落ち込むのではなく、わたしたち一人ひとりができることは何かと考える必要があるでしょう。今我慢して社会的距離を取っていることは、みんなのためにとても大切なことだと意識しながら、特にキリスト者であるわたしたちは、この危険を乗り越える力と知恵を神様が与えてくださるように絶えず祈ることを忘れず、それを大切にすることが必要だと思います。
すべての人々は例外なく次の三つの道のうちに、一つを選んで歩んで行きます。一つ目は、今、自分が歩んでいる道です。二つ目は、自分が歩んで行きたい道です。三つ目は、あまり歩んで行きたくないけれども、行かなければならない道です。今、自分が歩んでいる道と、自分が歩んで行きたい道が一致する人は、どんなに幸せでしょうか。しかし、生きている間に、そうでない場合がもっと多いので、人生が大変で苦しく感じられる時もあります。その道が苦しい道だったり、愚かしく見える道だったり、世間の物笑いになる道だったり…。でも、もしそれが私たちにとって行かなければならない道なら、私たちは、ためらわずに行くことができるのでしょうか。
洗礼を受けて、信者になり、イエス様に従おうとしている私たちは、世間と妥協しながら生きてきたこと、自分の欲を出したこと、自分の意志を強く主張したこと、そのすべてのことを捨てなければならない悩みの中にあって、果敢に決断することができるのでしょうか。そのような人間的な弱さのうちに悩んでいる私たちに、今日、イエス様は「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、私をも信じなさい」と招いてくださっています。私たちを愛してくださりながら、イエス様は先に、その道を謙虚な姿で歩み、その道が意味のある道であることを示してくださいました。だから、私たちはためらったり、心配したりせずに、最後まで、イエス様に従う決心をするべきです。
難しくて大変な道だなと感じられても、神様が呼んでくださった道だと考えるなら、従って行く勇気が出て来るのではないでしょうか。ですから、私たちは「はい」と答え、お互いに励ましあいながらその道を行くようにしましょう。私たちより先にその道を歩んで行った多くの先輩のキリスト者がいるし、今その道に一緒に参加して親交を深めている兄弟・姉妹たちがそばにいるので、寂しくならないはずです。
今日の福音の中で、弟子フィリポは「御父をお示しください」と求めています。すると、イエス様はフィリポにおっしゃいました。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。」
魚が水の中に住みながらも、水のありがたさを知らないように、神様の恵みの中にいるにもかかわらず、私たちは神様の存在、その現存をすっかり忘れてしまう時があります。特にコロナのことでわたしたちが今経験していることがそうです。つまり、いつもミサに与れるありがたさにみんな気づいたでしょう。また、私たちがもし世間に心を奪われたら、私たちはそばにいらっしゃる神様の現存を悟ることができないだろうと思います。
しかし、静かな沈黙の中でしっかりと神様の声に耳を傾ける時、お祈りの中で神様の御心が何だろうかと絶えず尋ね求める時に、神様が自分の人生の旅に一緒に歩んでくださることに気づくことができるだろうと思います。
以前の教皇様であるベネディクト16世教皇様はこうおっしゃいました。
「キリスト教の基本要素は喜びです。それはキリストが苦しい人生と共にいてくれる喜びであり、そのような人生さえも生きて行けるようにしてくれる喜びです。」
私たちの人生の中でちょっと辛かった時があっても、時間がたってから振り返ってみると、その苦しい人生の旅でも神様はいつも私たちとともにいらっしゃったことが分かるときがあります。そして、神様がそばに一緒にいてくださったので、その同行は、苦しみに耐えられる力、喜びでした。そして、その喜びは誰も奪うことはできないのです。
今日の福音のテーマは、「どうすれば神様へ進むことができるか」という質問に対する答えだと思います。つまり、救いというのは誰を通して来るのか、という質問に対するイエス様のお答えであり、招きだと思います。この質問に、イエス様は親切にこう答えてくださいます。
「私は道であり、真理であり、命である。 私を通らなければ、誰も父のもとに行くことができない。」
このみことばを私たちの心に刻んで、その道を最後まで歩んで行けるようにお祈りしましょう。そして、その道を自分一人ではなく、周りの人にも教えてあげながら、手をつないで一緒に行くことができるように絶えず努力して行きましょう。
 
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