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主日のみことばの説教と解説

みことばを生きる

主の昇天の祭日(5/24)のミサの説教(小寺左千夫)
2020-05-31
2020/05/24「主の昇天」ミサ説教(マタイ28章16-20節)
『行って、すべての民を私の弟子にしなさい!』
-生活の中で福音を伝える-
オプス・デイ属人区 小寺左千夫神父
 弟子たちは、復活したイエスと出会って喜びましたが、たった40日間で終わりました。3年間もずっと一緒に暮らして、家族同様になっていたので、名残り惜しかったことでしょう。イエスが身内になるとは、どんな感じでしょうか?イエスが自分の家におられるのです。そんなイエスが天に昇って行かれたので、人間的に見ればずいぶん寂しい思いがあったと思います。だから、イエスが見えなくなっても、じっと天を見つめて立っていました。
 
 私は御昇天のキリストが大好きです。柔らかい優しい表情で私達を見ておられます。あの視線をずっとたどって行けばイエスを慕って使徒たちが天を見つめて立っている姿が見えてきそうです。十字架上で苦しんでおられるイエスもいいのですが、人によっては、苦しんでおられるイエスに向かって話しかけるのは難しいかもしれません。その点、御昇天のイエスは非常に穏やかで、心の隅にあることをふっと話しかけることが出来そうです。使徒たちは天に昇られるイエスの様子を心に焼き付けていたはずです。そして祈る時には、イエスの視線をいつも思い返していたにちがいありません。あの慈しみ深いまなざしです。その時、イエスは次のように話されました。「全世界に行って福音を述べ伝えなさい!」使徒たちはこれを聞いて、何を思ったでしょうか?
 
 なぜイエスは天に昇ってしまい、使徒たちに大事な仕事を任せたのでしょうか。神の計画は、私たち一人一人がキリストの手足となって、キリストのために働く方が、イエスが一人で全部するよりも望ましいということです。恵みは私たちの自分勝手な思いを満たすためではなく、神のお望みを実現するためです。そして、祈りは神のお望みを受け止めて、それを自分の望みにしていくことです。「全世界に行って私の教えを伝えなさい」というイエスの命令をしっかり受け止めましょう。「全世界にいって」ということは、家にいても、会社にいても、デパートで買い物をしていても、お友だちとお茶を飲んでいても、そこがイエスのおっしゃる「全世界」という場所なのです。日常生活にいろんな場面がありますが、会社、近所付き合い、親戚付き合い、そういう場所であなたの生活を通して福音を述べ伝えなさい、と命じられています。自分の生き方、考え方、判断、それらすべてが福音を伝えるという事です。
 
 仕事であれば、仕事自体が福音を述べ伝える事にならないといけません。一生懸命働いているのは、経済的な意味だけではなく、もっとな霊的な意味が含まれています。仕事と祈りを切り離してはいけません。そこが全世界に福音を述べ伝える場所です。それは、仕事や生活にキリストを入れるということです。たとえば恋人同士がいるとします。お互いに相手のことを大事にします。お互いに愛し合いながら、心をひとつにして生きています。キリスト者は、イエスと心をひとつにして働きます。イエスのように考え、望み、愛するのです。夫婦がいるとしましょう。夫のため、妻のために心も時間も、…お金も使います。キリスト者は、神のため、イエスのため、教会のために時間を使います。神の望みを考えて、仕事を果たしているでしょうか?自分の心が神から離れて、権利だけになってはいけません。あるいはお金儲けだけでになってはいけません。あるいは、何でも独り占めしようという心になってもいけません。
 
 天に昇られたイエスは私たちから離れ去ったのではなく、天に昇って、慰め主、弁護者を与えるとおっしゃって、聖霊を送ってくださいました。聖霊は見えないけれども、隠れて一人一人の心の中におられます。この聖霊の働きのおかげで、神に従って生きることは幸せだ、と分かってきます。アーメン■
 
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